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海を汚すな!!
私は沿岸掃除隊に協賛しています。
■私はこんな奴
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2008年06月19日 ショック
▼デジタル機器ってデリケートなんだよなぁ…。最近調子が悪いと思っていたら、これだ。

↓ノートのメモ。これらが全て消えてなくなってしまった。NHK-FMからエア・チェック(死語)したものだ。ザ・ピーナッツはいいとしても、これだけの映画音楽を失ったのは辛い。


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2008年05月23日
学校で地震の避難訓練があったんだが、実にやかましい。キャーキャー言うのは止めなさい。あなた方ニュース見ないの?
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2008年05月18日
▼我が校では15分間、掃除の時間が設けられている。昨年度の話になるが、私は教室の黒板消しの係だった。私の見るかぎりでは、殆どの男子はサボっている。もちろん掃除が面倒なのは、一部の掃除好きを除き男女共通だろう。ただ、いかなる場合でも私たちの行動は仲間同士で均一化されがちであるから、こんな差が出たのだろう。ところで黒板消しというのは真面目にやっても10分かからない。だから便所が汚れていると思ったらそちらへ出張したり、深刻な場合は黒板を友人に委任して出張することもあった。
▼ある日登校すると、前日綺麗にしたはずの黒板がやけに汚れていた。所々水のりを着けられたようで、粉が汚らしくくっついている。授業に支障が出るほどでは無かったものの、これは悪質なイタズラだ。先生はこれを見て悲しそうに「犯人探しはしないが――」とおっしゃった。何度も聞いたことがある台詞だ。私は内心かなり犯人に腹が立っていたが、犯人探しはしないことにした。しばらくして気持ちが落ち着くと「掃除係は汚れを綺麗にするのが役目。私はそういう分際ではないか」と思えるようになり、綺麗に水ぶきをしておいた。黒板消しにものりが着いていたので、こちらも綺麗にした。また、よく見ると粉を入れる引出しの中にのりが流し込んであったので、ちょっと大変だったが綺麗にした。
▼後日、授業後教室に残っていたところ、某不良生徒が入って来た。彼は黒板を見て「あれ、綺麗にしたんだな…」と独り言のように言った。相槌は打たなかったと思う。
▼話は変わって、こちらも昨年度のこと。掃除が終わり「出張」から戻ると、なにやら先生が雑巾やティッシュで机を拭いている。なんとジュースが飛び散っているとのこと。被害は教卓と最前列の机がいくつか。中には女子生徒のものもある。「私は教室担当ですから――」と片づけを手伝った。しかし白昼堂々やってくれるもんだ。
▼先生は「犯人探しはしないが――」とおっしゃったが、ついさっきの出来事ではないか。「そらかん!見つけ出さなかん!」とその場で抗議したが、結局お流れとなった。
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2008年05月18日
▼1月の終わりに沖縄への修学旅行があった。その際、沖縄戦体験者のお話を聞く機会があった。その感想を書いた紙が出てきたので、今さらながら掲載したい。
▼「照明弾がバリバリバリーッ!暗がりめがけてヘッドスライディング!」講師の先生はこの言葉を何べんもおっしゃった。とても印象的な言葉である。だが滑稽に聞こえた生徒もやはり多かったようだ。それどころか、講師の先生を一目見るなり笑い出す者もいたが(禿げていたからであろう)。
▼私は照明弾が炸裂する音を知らない。ヘッドスライディングなんてスポーツの中でしかした事がない。多くの学友もそうだろう。だからその言葉に特別な恐怖を感じないのはわかる。それが面白くなっちゃうセンスがわからない。
▼この修学旅行よりずっと前から、私はどんな集団に属しているのかということを深く考えていた。そして浴場で暴れまわる生徒が起こす波にもまれ、波しぶきを浴びながら、ひとりでまたそれを考えていた。
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2008年05月18日
▼昨年度は随分便所掃除をした。掃除担当者がなかなか働かなかった。また不良の溜まり場だからすぐに汚されてしまう。便所はみんなが「ヘビーユーザー」である。私も毎日使っていた。当たり前だが…。吐き捨てられたガム、散らかったトイレットペーパー、排水溝に詰まった髪の毛(ここで散髪する奴がいる)等は無関係だが、その便器の黄ばみの原因は私にもある訳だ。
我が校では15分間の掃除時間があるが、教室の黒板消しを担当していた私は、それをサッサと終わらせて便所へ「出張」していたのだ。そんなのが一年続き、確かに先生から誉められることはあったが、自分に跳ね返ってくるものは殆ど何も無く、なんだか拍子抜けしてしまった。実際男子生徒の殆どは掃除なんてしないし、便所に避難して携帯電話をいじっている者が7〜8人はいたのだ。その隣りで便器の中のガムを拾うのは屈辱的だったものだ。
▼こちらは最近の話。便所の洗面台が詰まっていた。溜まった水に痰が浮かんでいて汚らしい時もあった。掃除は優等クラスの生徒が担当していた。私は昨年のように便所が不良の溜まり場になって、掃除をするのがあほくさい雰囲気になっていないだろうかと気になっていた。そこで先日、私の担当は4階の理科室だが、そこから抜け出して1階の便所を見に行った。私は毎日最後まで掃除を真面目にやっていたから、今回掃除を抜け出しても誰も文句を言わなかっただろうと思っている(単に誰も気がついていないだけだろうが…)。だが全て杞憂だった。すっかり綺麗になっていたのだ。感動しつつ階段を上り理科室へ戻る途中だ。下級生がニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。以前から彼らに睨まれることがあったので、「あらら…」と思いながらそちらを見る。4〜5人いるから気が大きくなるのは、わかるんだけどさ…。「先生かと思った」なんて言われたが、返す言葉が見つからずニコニコしながら通りすぎた。そして掃除が終わり、またそこを通る。人数が増えていた。「先生みたいだしぃ」「ブハハ」「お前先生なん?」「ガハハ」。
▼普段から「身の程」を忘れたことは無い。頬に手をあて「まだ若いでしょ」なんて言って切り抜けたが…。うーむ。
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2008年05月18日
▼セルフタイマーで自分の横顔を撮ってみた。デジタルカメラはすぐに画像を見られるので大変便利だ。どうも頭がデカイ。それも後頭部が出っ張っているらしく、滑稽な形だ。他人から言われるまではあまり気にならなかったのだが、中学時代、「ガッパイ」「魚ヅラ」と馬鹿にされたので、今でも2枚の鏡で「なるほど魚みたいだなぁ」なんて女々しく悩んでしまう。こんな風に馬鹿にされていたのは3年ほど前になのに、なぜいまさら写真など撮るかというと、まず髪が伸びて耳にかかっているので床屋に行こうと思い、そこでちょっと髪型なんて変えちゃっていいのものだろうかと思ったからである。何しろ、たった一回の例外があるが、今までずっと同じ床屋へ通っており、例外なく「いつも通りで」と注文しているのだ。しかしいくら写真を眺めても、なんの希望も浮かんでこない。
▼先日下級生にまで「お前先生なん?」と馬鹿にされてしまった。かなり衝撃的だった。「あー、ここまで来ちゃったか」という感じだ。
話を進める前に、中学時代の愚行に関して、まずご迷惑をかけた皆さんに謝らなくてはならない。しかし、高校に上がってからは、真面目にして、他人様に迷惑をかけない、それを常に頭に入れて行動しているつもりだ。それなのにこのナメられようは、やはり内面だけでなく外見も重要だという証拠だと捉えている。
そして、外見上の問題から馬鹿にされやすい人は、逃げ道をあらかじめ用意しておいたほうがいいような気がするのだ。床屋の話に戻すと、例えば坊主にしてしまうとか、逆に伸ばしっぱなしにする等して、「キモさが服着て歩いてる」状態にしてもいいかもしれない。馬鹿にされても納得がいくではないか。かつて「お前が坊主にしたら絶対キモイだろう」なんて言われていたのだが、今ではなんだか坊主が魅力的になってくる。
▼しかし身の程をわきまえておくというのは、いい事なのか悪いことなのか。床屋であれこれ注文をつけるとか、生意気に美容院に行くとか、恐れ多くてとても出来たもんじゃない。

▼「わたしゃナメられるツラですよ」と、なんだか捻くれたことを言っているが、真面目な話である。私自身が差別的感情を持っていることが重要だ。はっきり言えば、白人と黒人と黄色人種は同じものと思っていない。男と女を同じ目で見ていない。そして二枚目と不細工は違う身分…となるのだ。具体的には、「イエローマンの癖に何で茶髪だよ」とか…。しかしどこかで「…でもまぁカッコいいし許されるかぁ」という差別をある。矛盾しているが、とにかくどうしても人を差別する傾向がある。それで自分自身も差別する。謙遜とはちょっとちがう。
そして結論として、なめられる身分はある。誰しも他人を馬鹿にしたい気持ちは必ずある。だから実際多くの人が「コイツだけは何時でも馬鹿にできる」そんな奴を用意しているはずだ。実際私はその役回りだから、それに気づいたのだ。
▼そこで今欲しいのは、尊敬できる友人である。かつてはいくらでもいたのだが、今や深い友達付き合いを殆どしていないのだ。そして、言いにくい話だが、どうも上記のような友人がいる。つまり、今同じクラスで、一番仲がよい友人というのが、どうもあまり人間が出来てない。悪い奴ではないが、どうもおかしな奴で、たまに説教をしてしまうほどである。彼とばかり付き合っていては良くない。このままでは彼と「見下した」関係になるだろうし、そうなれば私にとって良いことは1つもない。
この前も彼に「お前そうやって人を見下しちゃイカン」と説教のように話したが、結局彼を見下しているから説教をタレるのではという心配があるのだ。相手の欠点を注意しあうことで、よりよい関係を作れるという考え方を忘れているわけではない。ただ行き過ぎるとだんだん相手を馬鹿にするようになってしまう。うーむ、「行き過ぎ」とはつまり、「相手があまりにも馬鹿だと」なんて意味だから、もうこんな文を書くこと自体、私の向上心の限界なのかもしれない。
▼なんでこんなえげつないこと書くかといえば、自分の周りの環境を整えることは大切だと思うからだ。30〜40人のクラスのなかで、1年間仲良くすることが善である。そんな風に信じて、12年ほどだろうか、やってきたのだ。最初のうちは良かったものの、次第に不良になっちゃう奴もいるし、こちらも知恵が進んでくる。
中学時代、女子たちが幾つかの派閥に分かれ、そこでいじめ等の問題が起こってくるのは、傍から見ていると大変不気味に思っていた。しかし私が「みんなで仲良くしなくてはイカン」ということを盲目的に信じていたのに対し、良かれ悪かれ女子たちは進んでいたのかもしれない。
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2008年05月03日

 中学生になるまでは、泥棒や犯罪者には縁が無かった。ところが中学生になり、新しく出来た友人の一人が、万引きや自販機荒らしについて自慢げに語った。身の回りにこれほどの悪党がいたことに大変な衝撃を受けた。もちろん以後絶縁している。
 しかし、何も彼だけが特別な悪党ではなかった。身の回りで盗難事件が度々発生したのだ。どれも学校内でのことだ。
 犯罪を犯した者は牢屋に入る。出獄しても前科者として生きてゆく。これが原則だと信じていたが、どうやらそうでもないらしい。前述の彼は今も楽しく暮らしているようだし、また学校内での盗難について犯人が捕まった例を聞いたことが無いことからもわかる。

 最近我が校では、窃盗事件が度々おこっている。早く犯人を捕まえて警察に突き出すなり、それが無理なら退学させるなりして欲しい。
 しかし我が校では、犯罪が発生しても、全校集会などで生徒指導主任が注意を促すのみだ。もちろん我々の知らないところでご苦労があることと思うが、事件に関係の無い生徒から見れば、おそらく何のインパクトもない。みんな慣れっこになっている。

 いつかいじめについての討論番組で、教育学者の先生方が口をそろえて「いじめと犯罪は別」とおっしゃっていた。つまり現場の教師がいじめについてどう対応するかは問題だが、それが犯罪のレベルであれば警察に突き出せばよい。むしろ学校内で処理するべきではないということだ。考えてみれば当たり前だ。
 先生方は「社会に出たら〜」とよくおっしゃる。我々の不甲斐無さや責任感の無さが問題だ。しかし生意気にもこの言葉はおかしいと思う。なぜ学校は社会から切り離されているのか。
 数百人が3年間ともに生活するのだ。この集団の中に犯罪者がいては当然困る。更正が無理なら集団生活は出来ない。追放は当然だ。

 生徒側の認識の甘さには驚く。集会などでも半数は話を聞いていない。また自分がどんな集団の一員なのか、それに全く関心がない。いきなり自己紹介をしなくては成らないとする。そこで我々は間違いなく「○高校の3年生です」というはずだ。所属する集団が糞なら、自身の評価もさがる。
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2008年04月12日 北京五輪
1964年東京五輪。開会式は10月10日。ご存知、旧「体育の日」ですね。この五輪に中国は参加しませんでした。そして10月14日には、初の核実験を行ないました。あてつけたのです。ほかにも中国は今まで度々五輪を「ボイコット」してきたようです。理由は台湾問題が多いようですね(検索してみてください)。

世界各地で行なわれる北京五輪反対運動。それらに対し中国政府は「五輪と政治を結びつけるな」とけん制しています。この言葉はみなさんも報道等で耳にしているでしょう。どう思われますか?


選手のみなさんにとって五輪が必要であることは言うまでもないでしょう。しかしこの五輪というものは、5つの輪が表すとおり「平和の祭典」です。今回は残念ながらそれは捨てざるをえません。選手のみなさんも、平和の祭典に参加しているわけではないということを自覚せねばなりません。こーゆーレベルの問題ですよね。虐殺とか、民族浄化とかって。

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2008年03月27日 国歌斉唱
『大阪府門真市の市立第三中学校で今月13日に行われた卒業式で、約170人の卒業生のうち男子生徒1人を除く全員が、国歌斉唱時に起立せず、その多くが斉唱もしなかったことが26日、分かった。式に出席していた3学年の担任、副担任計11人のうち9人も起立せずに斉唱もしなかったという。学校側は事前に教員が卒業生に不起立を促した可能性があるとみて担任らから事情を聴いており、事態を重くみた府教育委員会も調査に乗り出した。』(27日・産経新聞より)

起立した男子生徒は素晴らしい。記事には、教員は生徒達に歌うか歌わないか自分で判断せよと指導したともある。しかし生徒が皆ポリシーをもっていたとは考えられない。彼らの多くは、空気を読んだだけだろう。この男子生徒が「KY」呼ばわりされていないことを願う。
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2008年03月22日 チベット問題
 チベットがえらいことになっている。
 中国は1950年にチベットを軍事制圧され、大規模な破壊・虐殺(120万人?)を行なって…と、このような事実に関しては詳しく解説しているサイトが沢山ありますから、私の駄文なんて読まずに各自いろいろ調べてもらいたいところではありますが。
 しかし日本はどうするつもりなんだ。のんきなもんだヨなぁ…。この調子だと私たちが死ぬ頃には、アジアは中国だけなんてことになるんじゃないか(実際中国は太平洋東西分割案なんてものをアメリカに打診している)。同じ仏教国の大ピンチだぞ。五輪五輪と喜んで地デジテレビやブルーレイなど売りさばいてる場合か…ちょっと違うか。
 五輪ボイコットに関しては、既に「ない」ときっぱり否定しちゃって、そんでもってこれだ。

 (18日)『また、中国側がこの問題での国際調査団の受け入れを事実上拒否していることに関し、高村氏は「なるべくオープンにして中国側の言う通り『中国は乱暴なことはしていない』と国際社会が分かるようにした方がいい」と注文をつけた。』(MSN産経ニュースより)
 『「(北京五輪について)フランス外相が言ったと聞いているが、そういう影響を与えない形で中国と関係の方が努力することが必要だ」。首相は21日、記者団に、フランス外相が北京五輪開会式のボイコットの可能性を示唆したことに触れつつ、日本としては一線を画す考えを示した。』(朝日新聞より)

もう先日の農薬餃子と併せて、中国と喧嘩したくないのが見え見え。もちろん今回は餃子とは格が違うんだから、さらに…というより、きちんと中国を批判するべきでしょ。
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