ごめんなさい。ここには釣りに関するコンテンツはありません。
|
|
|
●トップページ
▲私はこんな奴 ■最新記事のRSS ★むだな話:16 ★真面目な話:0 2009-07:2 2009-06:1 2009-05:4 2009-04:3 2009-03:1 2009-02:1 2008-10:2 2008-09:1 2008-08:1 |
2009-07-04 (土) 若者について
私自身まだ若くて、至らない部分が多くある。しかしそんな私から見ても、目も当てられない若者が多い。 例えば帽子だ。先に憶測を述べる。若者はどうしても“ファッション”に興味が出てしまうものだろうが、それは姿見に写った状態のみで考えられていて、一歩玄関を出たらその“完成形”を最後まで維持してこそと考えているらしい。帽子をかぶりっぱなしでいる人の多いこと! 食事の際も脱がない。校舎に入る入り口で、サッと帽子を脱ぐ人を見たことが無い。帽子をかぶって講義を聴く。「お里が知れる」という言葉を使う若者は殆どいない。 何が問題だったのかと考えていたら、我が大学某教授のエッセーが目に留まった。学帽である。教授の世代ではまだ学帽があって、屋外でかぶる・挨拶をする時は脱ぐ、こんなことは当たり前に実践していたという。私たちもそうだが、小学時の“黄色い帽子”は、安っぽくて品が無く、ただの交通安全上の目印で、日よけという点から紅白帽と同じ類の物と認識していた。児童も先生もだ。登校時に、校門で先生と挨拶をする時、帽子についての指導は何も無かった。 学帽が無くなるのは、帽子の文化が消えつつあるからだ。昭和初期から高度成長期の写真などを見てみると、殆どの男性が帽子をかぶっている。サザエさんの波平もそうだ。 帽子をかぶりっぱなしにして、カッコつけている若者に言いたい。「君はファッションに興味があるのですね。では何故、その文化の1つを殺そうと・消し去ろうとしているのですか」と。 もう1つあさましいことがある。“ミュール”だ。騒音も姿見のファッション文化の盲点の1つかもしれない。地下鉄の駅の階段でカンカンケンケンと響く靴音を、不愉快に思う人が少ないはずが無い。 原因はこうだ。まず姿見文化。そして子供時代は当然ゴム底の靴で良いとして、せっかく中高時に革靴を履くことが出来ても、当然ゴム底のB級品。ここでソールが革のものが与えられれば、まだ良かったのだろう。色心つくといきなり、かかとが高く底が固い靴を履いてしまう。その時はもはや、歩き方を教わるような・学ぶような年代ではない(私は幼い頃に神社の砂利を蹴飛ばしながら歩いて叱られたことがある)。 どちらにせよ、まずは姿見絶対主義から脱して、自分が育ってきた中で知ることの出来なかった領域はどのくらいか、模索するべきだ。 2009-07-03 (金) 非常に忙しいので、こうして電車に乗りながら携帯を使って書いている。実は手帳やカード大の紙を使って日々思うことを書き連ねてはいるのだが、それはそれで自分向け情報として完結してしまい、それを公にするための別作業は面倒になっていた。 今一度どうして公にこうして打ち明けたかったのか。それはやはり求心である。あなたが心をこちらへ向けてくれることを、期待したのだ。ああ恥ずかしい。 そして、そんな気持ちが衰えるほど年老いていなかったと書き加えたい。 2009-06-08 (月) 充実してます 自動車教習所に夜間部で通っています。大学から徒歩20分程ありますから、散歩が日課になっているようなものです。そして今、講義が終わり散歩に出るまでの30分程の時間を使って、この記事を書こうとしたりしているわけです。 大学生は基本的に暇で、アルバイトと合コンばかりしているというようなイメージを持っていたのですが、私の場合はなかなか忙しいようですね。高校時分、「大学入ったら遊ぶぞ」などと意気込んでいる友人を見て、「遊ぶために受験勉強するのか…」となんだかおかしく思っていたのですが、こうも充実しているとは…。わずかではありますが勉強して進学してよかったと思える日々です。 先日、初めて部活の合宿に参加しました。普段は、部室に入りびたりです。私の所属するの部は、いわゆる飲み会サークルではなく、叱られる時は叱られ、適度な緊張感があります。事実、合宿でも私はよく叱られました。ですが、帰宅したときに先輩から「お疲れさま」のメールが届けば、また翌日も部室で本を読みラジオを聴き、安心してくつろげるのです。このような環境にいれば、多かれ少なかれ成長できることは間違いと思え、この緊張感を手放したくはなくなります。これは、高校時分にあこがれていた環境そのものです。 こんな話から、過去の反省へ繋げてゆこうとおもいますが、今日は、もう教習所へ行く時間になりましので…。床まで踏んでも全然加速しない…、そこが教習車のいいところですね。レクサスだハイブリッドだなんだという今日では、あの素朴な感じが堪らなく好きです。一台譲ってほしい…。 2009-05-13 (水) 枝 先日、木陰で昼食の弁当を食べていた時に、宗教の勧誘に遭ってしまい、ひどく落ち込んだという話を書きました。あれから、昼休み前の授業で友人に逢うことが出来ない日には、例えば今日がそうだったのですが、独りで食事をする際、周りの目が気になってしかたがありません。しかし今日もまた、学生が大声をあげて弁当を売る様子を見て、ついそれを買ってしまったのでした。そして広場の、木陰にあるマンホールの上に座り、食事をしました。その終わりがけに、男子学生がグループでこちらへやって来て、木の葉を蹴飛ばしたり、私のいる木陰を作ってくれるその木の枝をへし折ったりしました。木からは葉や虫がこちらへ落ちてきたりもしました。前回は、自分が“寂しそうな奴”と思われてしまったことがショックでしたが、今回はまるで私の存在を全く無視されているようで、またひどく落ち込みました。 午後の講義を終えて、その後映画を見て、外に出ますと、日は落ちて薄暗く、閑静で美しいキャンパスを歩くことが出来ます。広場を通り過ぎた時、昼の思いがまだ続いていたので、引き返して木陰へ行きました。どこかで女の子が優しく歌うのが聞こえます。それが聖歌かどうかはわかりませんが。「どうせ枯れている」と言って、その枝は折られたのですが、ちゃんと生きていました。縦に割れ横向きに倒されたその枝を幹から引き剥がそうとしたのですが、剥き出しになった白い肌が幹に繋がっていました。 幼い頃、保育園の行事でお寺に行った時、私は自分の背丈ほどの枝を折っています。先生に見つかり、和尚さんに謝りましょうといくらか探したのですがどこにもおらず、焚火だけもくもくと煙を上げていました。結局は「木に謝って」許してもらったことにしたのでした。あの時、私は目立ちたくて、折った時には「見たか俺の実力を!」と皆に叫んでいます。目立つこと・自分の面白さをアピールすることは、このまま中学時分まで続いたのでした。 2009-05-06 (水) 映画と美術館 ゴールデンウィークは大変暇でありました。最近暇な時は栄の界隈をうろつくことが多いのですが、この休みには1度行っただけでした。…いいかげん地理もつかめましたし、もう独りで行くのは辛くなってきまして…。ロフトとかラシックとかは面白いところですね。あと百貨店のあの豊かな雰囲気はたまんなくいいですね。近鉄パッセにはちょっと怯みましたけど…。あ、それから!何と言っても美術館!愛知県美術館の“アヴァンギャルド・チャイナ”展は過激でしたよ。でも良い栄養を採ったような気がします。最近大学の資料室で映画見てばかりでしたし、これらは僕にとって“療養”ですね。別にどこも悪くないですけど…。 映画の話ですが、ゴダールの“東風”を最後まで見られました(我慢して)。って言うのも、現代からすれば過去の政治映画って何の意味も無いわけで…。ただ、顔にペンキを塗った青年など、妙に魅力的な美しいシーンもありましたけどね。ああ、ゴダール作品はこれが最初でしたが(汗)、その後「女と男のいる舗道」を見たら、かなり良かったですね。「気狂いピエロ」と「中国女」は今日・明日には見ちゃおうと思ってます。とりあえず僕が気に入ってる映画は「風とともに去りぬ」「カサブランカ」「自転車泥棒」「雨に唄えば」あたり。趣味の合う友達が見つかるといいんですけど。 あ、美術館の話しますと、僕まったくの素人なんでね、3回しか行ったことないんですけど。入試で金沢に行った時に、金沢21世紀美術館と石川県立美術館に。ただ、いい空間ですよねェ美術館って。金沢行った時に初めて美術館に行ってみたわけですけど、なんで入ってみたかってね、まず金沢の駅に着いて…、駅前はバスターミナルでアーケードの下に水路があってベンチがおいてある様な場所だったんです。僕は電車に酔っちゃってまして(汗)、そこに腰掛けておにぎり食べながらじっとしていたんです、小一時間も。そのうち、ちょっと名古屋とは、雰囲気が違うことに気付いてしまったんです。まず、女の子が違う。上品だなっていうより、下品な恰好をした女性が見当たらない…。その…近鉄パッセにいるようなネ…。いないんです、全く…。ちょいとタクシーで香林坊まで移動しまして、そこは一応繁華街で109ビルもあるわけです。んで、シャネルだか何だかしらないけど、いかにもって感じのショップもあるんですけど、そのまん前を行き交うのは、黒髪にシックなコートをまとった女性(←“女性”って言い方がしっくりくるね)や、膝丈スカートに髪を綺麗に束ねた女子高生たちで…、「へぇー、女の子がみんな日本人の顔してるよ」って驚きましたよ。よく見れば男も、いわゆるチャラ男くんが全くいなくて、妙に品がよろしいんですね。そんな街で、広い芝生にガラス張りの綺麗な美術館があって、ガラス越しに中のホールで若者たちやカップルが談笑したりノート広げて何か考えてたりしてんのを見ちゃったんですよ!「あっ…なんか…素敵…」って思いながら、ふらっと美術館に入っちゃったんでした。展示自体もかなり楽しめましたし(「死者の書」があった!)、難解そうな現代美術でも、自分はどうやら案外楽しめちゃうヒトらしい!とその時わかったわけです。 そんなわけで映画鑑賞・美術鑑賞の日々がまた始まるよ! 2009-05-05 (火) 青年になりたい ゴールデンウィークに入る前の話になるが、大学のゼミでのこと。ゼミは週1回しか無いけれど、20人強の少人数で発表したり議論したり、なかなか濃い時間になりそうだと楽しみにしていた。先日はまだ2回目で、まだ発表や議論は無くて普通の授業形式だったが。まだ、教授が学生に質問しても、予習を忘れた人が多いのか、わりとグダグダとしたところもあった。私としてはちゃんとやるべきことはやっていたし、良いスタートだと思える出来だった。同じゼミの、いわゆるゼミ友のAくんと、資料片手に飯食いながらあーだこーだ話したりしたり、楽しみながら予習をしていたのだ。私は、学生はそうして真面目な話を楽しめるものだと思っている。Aくんには、せっかくのゼミなのに週1では顔を覚えるのがやっとだと、皆が仲良くなれば、発表も議論もしやすくなるだろうにと、そんなことも前々から話していた。ゼミは昼休みの後だから、ゼミの日の昼休みはみんなで教室に来て、弁当を食べながらいろんな話が出来たらいいねと話した。私は、相当ニコニコして話しただろう。その日のゼミが終ってから、隣りのBくんに「ゼミの日はココでみんなで弁当を食わないかい。いろんな話をしながらさ」と話したとき、青い服の学生に後から尻をポンと叩かれ、「調子に乗るなよ」と一言言われた。その時の床が無くなったような浮遊感というか、ふっと心が揺れる感覚は、高校時分に私を狂わせたそれだった。急に現れた彼に、「なに…」なんて動揺しているうちに、彼とBと他のみんなもぞろぞろと部屋を出ていった。慌てて最後の一人にその男の名前を訊くと、Cだよと教えてくれた。私は動揺をかき消すように、「Cくんは失礼な少年だなぁ!」と言って笑った。ただ、Aくんには「この感覚は久しぶりだよ」と、本音を話した。その後、「やっぱり茶髪は恐いわ」とも話した。Cくんは服装も髪型も今風だ。詳しくは書かないが。今はやりの茶髪でだらしなく伸ばしている姿は、なんだか裏がありそうな、タバコも吸ってそうだし薬もヤッてそうな…。そんなの偏見だが、多分茶髪が一般化する前の、幼い頃に出来たイメージを思い出してしまったんだろう。 今日、ふと、私はあの動揺の中で、Cくんのことを“少年”と言ったのを思い出した。辞書的な意味はいいとして、私の認識では、私たちの年代、今風に言えばaround20とかアラツーってところだが、普通なら“少年”とは言わない。“青年”だろう。だが、前期のような風貌からもそうだが、私は決して“調子に乗っていない”という自信のもと、Cくんを下に見る形で、“少年”という言葉が出たように思う。あの動揺の中ではあったが。 実をいうと私にとって“青年”という響きは、憧れだ。青年はつまり“若者”だが、「近頃の若者は…」なんて言い方から、“若者”には特に憧れは無い。“青年”なら「青年海外協力隊」「村の青年団」のような、より社会的な目をもっているイメージがある。あくまで私のイメージだが。友人関係の中で、私の持つようなオヤジキャラは潤滑油的は働きをしてくれるとは思う。私はそれに頼りすぎていて、いつしかそれが一人歩きしてしまった。高校時分、何の面識も無い下級生にオッサン呼ばわりされて好き放題バカにされてひどく落ち込んだし、自分が学生服を着ていることがおかしくて、特に校外では不審に思われるじゃないかと思って、寄り道なんて全く出来なくなるほど憂鬱だった。その辺は「反省シリーズ」で詳しく思い返すことにするが、今の私は青年になりたい。私のイメージに基づけば、社会的な目を持って、若いなりに真面目に生きる若者、そんな好青年になりたくてしょうがない。 2009-05-01 (金) 中学時分の反省1 中学時分での調子づいた態度とふるまいによる失敗の数々と、高校時分での「学校以外ひきこもり」による低迷――こちらは原因は外にもあるし人格形成の過程としては重要だったろうから、失敗とは違う――、それらの原因や結果を今一度思い出そう。中学と高校で大まかに話が分かれるが、正確には高校に上がった後に、自分の所属している集団があまりに愚劣であったから、気が狂い始めたのだ。2年の中ごろになると深刻化し、とにかく集団には属さない、友人は意識的に選び出さなくては……と、まずは部活を辞め、また“用事がないなら喋らくてよい”として独りの時間を増やしていった。これらが高校時分の話となる。 では本題として中学時分の話に入りたい。前回の文の最後に「赤裸々」という言葉を用いたのは、思い出すのが恥ずかしいからだ。とにかく調子に乗っており、目立ちたい・笑いを獲りたいという気持ちがいつも頭の中にあった。掲載した画像は、中学一年時に美術の授業にて「未知の生物」というテーマで描いたものだ。当時の私が見た目の面白さだけを考えていたことがよくわかる絵だ。想像力が全く働いていない。「未知の」とあれば、ちょっとは神秘的であってもいいだろうに。
2009-04-25 (土) 元気です。
学内で宗教の勧誘に遭ってしまった。たしかに、昼休みに独り、芝生広場の木陰に座り弁当を食べていた私も悪い。ただ、独りだったのはたまたまのこと。食堂ならまだしも木陰で弁当なんて食べてたのは、食堂に向かう途中におにーさんとおねーさんが残りひとつになった弁当を必死に売っているのを見て、思わず買ってしまったからだ。 しかしまぁ、この神聖なカトリック大のキャンパスでなにしてくれるんじゃと言いたい。しかも、大学に入ってからというもの、僕は元気に楽しくほがらかに日々を送っていたのに、変な宗教が近寄ってくるって、僕ってもともとそんな雰囲気なのか…、ショックだ。 そんで、何の宗教だか知らないけど赤い表紙に「ナントカの力」と書かれた本を持っていたからして、声をかけられるや間髪いれずに「そういうのはお断りしてますんで」と言った。だが「この本は…」と言うから「僕にはね、自分の思想があんですよ!!」と。すると「ひとつの参考として…」と来たから「そういうのが邪魔なんだよ!!」と言ったら、あきらめたらしい。僕があやしい宗教には極めて敏感だからか、撃退までは極めてスムーズだった。 ただね…、僕は某駅前で風俗店の広告入りのティッシュを貰っちゃったこともあるですよ…。そんなに疲れとらんわい!! 2009-04-22 (水) 現状報告〜大学図書館より〜 大学生活とは、想像通りのものらしい。以前ネガティブな考えをここに記したが、やはりそのときもポジティブな想像は内心ではふくらんでいて、そして現実はそちらに近いらしい。印象から言えば、キャンパスに溢れる学生たちは皆、洗練されていておしゃれで生き生きしている。講義も興味をそそられるものばかりだ。実情としては、いかんせん人とのふれあいがまだ足りないが、一緒に食事をしたり、講義で隣に座ったりする友人は、3名ほど出来た。今後さらに増えるだろうと思う余裕はある。それから部活のほうにも顔を出し始めているので、そちらで先輩や他の大学の友人も出来つつある。 高校時分、「学校以外ひきこもり」のような生活を送り、学校でも1日中誰とも話さないような日も多々あったが、今は新しい気持ちで楽しく学生生活を送っているわけだ。 * そんな今日こそ、過去を振り返り反省をしたい。特に中学時分での調子づいた振る舞いや受けねらいの馬鹿げた行動による失敗の数々…、そして高校時分での「学校以外引きこもり」とも言える低迷の原因と結果、つまり今日の状況…。今こそ開き直って赤裸々に綴り、反省をしたい。 2009-04-05 (日) 誕生日 今日は4月に入って最初の日曜だ。私は私立N大にて法学を修めることになり、片道40分電車に揺られて名古屋まで通学する生活がもう始まっている。実は今日も鶴舞公園へ行ってお目当てのサークル主催のお花見に参加するつもりだった。 ところが、17時ごろ、さて花見だと駅へ向かう途中、突然電話が入ってきたのだ。それは高校のバレーボール部の友人・先輩たちからで、なんと今日の私の誕生日を覚えていてくれて、連絡をしたというのだ。その後彼らとファーストフード店で落ち合い、2時間強にわたって談笑した。もちろんお花見には行けられなかったが、なにしろ途中で退部した私なのに、こうして気にかけてもらえることは嬉しい。今日は良い誕生日になった。 1つ前に戻る 次項へ>> |